芋けんぴ農場

自称芋けんぴソムリエが徒然なるままに感想や日々の雑感を記します。頭の整理と長い文章を書く練習です。

【映画】百瀬、こっちを向いて

 

 

 

Warning!   ネタばれを含みます!

 

 

 

 

「どうにもならないことってある」

そんなことは分かってるけど、私(たち)は実らない人を好きになってしまう。

 

 

主人公の相原もしくは百瀬の葛藤に共感するか、早見あかりんの美しい横顔を見つめるためだけの映画です。

 

 

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主人公の相原と百瀬(早見あかり)は、百瀬と宮崎先輩が付き合っていいるという噂を消すために彼氏彼女の関係を偽装している。

しかし実のところ、百瀬は宮崎先輩が好きだし、宮崎先輩は神林先輩というマドンナと付き合っている(ことになっている)し、相原は関係を続けるうちに百瀬のことが好きになってしまうし…という話だ。

 

 

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叶わない恋ってなんでこんなに不毛で残酷なんだろう。


経験値が上がるとか、時が経てば楽になるとか、後になれば真実だなと思う。
でも、渦中の本人としてはそんなこと本当にどうでもよくて、
ただ好きなひとと向かい合いたくて、
自分は好きなひとの好きなひとだと、
好きなひとを前にしたときに感じるもどかしさを、相手もまた感じていると確かめたくて、
この行き場のない苦しさを誰かどうにかしてくれ!と願いながらやり過ごす。

 

 

多分、百瀬が言うように、この世にはどうしようもできないことがたくさんあって、
私たちはそういう不条理をそのままに受け止めなければいけないのだ。
意味づけをするのは後でもいいから、苦しいことを苦しいものとして自分のなかに定義する。
無理になかったことにする必要もない。うわーん苦しいよって泣けばいい。
だから百瀬は葛藤を叫ぶ。大好きだと。馬鹿なひとだとわかってる。大嫌い、と。

 

 

劇中では強かに行動した者だけが結果をつかんでいるが、それは「レベル上げ」の賜物なのだろう。
でも、声を大にして言いたいのは、真剣に人と対峙した結果レベルが上がるのであり、
誰かのために別の人を使ってレベルを上げるのではない。
私には前者が相原で後者が百瀬に見えた。
皮肉にも百瀬は本件で苦しさを昇華し「大人」になるように見える一方で、
相原だけが高校時代にとらわれたまま成人するわけなのだが。

 

 

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映画としての出来がとても良いわけではないと思う。映像は小刻みにゆれるし(ハンディで撮っているのだろうか?)、宮崎先輩と神林先輩の人物描写がやや少なく、二人のキャラ/思考回路がいまいち見えない。

だが、そんなことどうでもよくなるくらい、百瀬のやや向こう見ずなところも、相原の引っ込み思案も、高校生なりの若さの象徴のようでまぶしい。

そして何より早見あかりんが本当に美しくて、カメラがそっぽを向く彼女に近づくたびに、その髪に、手に、頬に、鼻に触れたいと思ってしまう。まるで彼女(早見あかりというより百瀬にである)に疑似・片思いをしているようだった。胸がつぶれる思いで「百瀬、こっちを向いて」と願った。

 

高校生の若さに戻りたいとは思わないけれど、等身大の気持ちを大切にしたいと思える映画だった。

 

★★★☆☆