読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

芋けんぴ農場

自称芋けんぴソムリエが徒然なるままに感想や日々の雑感を記します。頭の整理と長い文章を書く練習です。

【書籍】桐島、部活やめるってよ/朝井リョウ

 

Warning!  ネタバレを含みます!

 

高校生の残酷な日常と、その残酷さからの脱却というファンタジーがなんとも言えないバランスで描かれた作品だと思った。

自分の高校(学生)生活に照らして、「なんかわかる」一方で、「なんかわからない」部分も確実に存在している、と言えばいいのだろうか。

 

***

桐島の周囲にいる5人の語り手によって進行していく。桐島の友達の菊池宏樹、バレー部で桐島と同じポジションを担当する小泉風助、桐島や菊池と同じグループの竜汰のことが好きな沢島亜矢、映画部の前田涼也、かわいい子グループの一員である宮部実果。タイトルに反して、この物語に桐島は語り手として出てこない。

物語中の人物関係を整理すると、こうだ。(★がついている人々は物語の語り手)

 

<グループ「カッコイイ男子」>

・同じクラスの男子

★菊池宏樹、竜汰、友弘

・バレー部

桐島、★小泉風助、孝介、日野

<グループ「かわいい女子」>

★宮島実果(孝介の彼女)、梨花(桐島の彼女)、沙奈(菊池の彼女)、かすみ

志乃(上3人と一緒に行動していたが爪弾きにされて亜矢/後述と行動中)

<グループ「ソフト部」>

宮島、絵理香

<グループ「ブラバン」>

★沢島亜矢(竜汰に片思い)、詩織

<グループ「映画部」>

★前田涼也、武文

 

物語のキーワードはグループであり、スクールカーストだ。このように、全く異なるグループに属する人々によって物語が語られていくわけだが、それには共通点がある。目の前の現実から逃げるのをやめ、向き合っていくことだ。

小泉風助はバレー部で桐島と同じポジションについているために、桐島が部活をやめることで試合に出れるようになった。自分を桐島の代わりとしか認識していないために、試合に出場することに対して嬉しい反面複雑で、いまいち試合に身が入らない。しかし、試合中に自分は自分にしかできない役割を果たしてきていたことに気づき、試合に向き合うところで場面が終わる。

沢島亜矢はブラバン部の部長だ。部活の練習中に、桐島と一緒に帰るために竜汰が校庭でバスケをすることに気づいてから、気もそぞろに校庭を見ながらサックスの練習をしている。亜矢は竜汰が好きなのだ。しかし、その一方でコンクールが近いというのに、そして部長という立場でありながらそのような態度で練習に臨む自分にいらだってもいる。だが、ある日あっさり竜汰には彼女が居ることを知ったことで目が覚め、練習に向き合うようになる。

前田涼太はスクールカーストの存在を切実に感じている。「上」の人間は運動ができて、外見もよくて、そういう人たちは制服の着こなしも格好よくて、でも自分はそのどれでもない、映画部の「下」の人間として部活以外では息を殺すように学校生活を送っている。中学時代は、同じく映画が好きなかすみとたくさん話をし、映画に出かけたりもしていたが、今や「上」と「下」で分かれてしまったために声をかけることすら叶わない。しかし、映画部が「かわいい女子」たちに馬鹿にされたとき、かすみが擁護してくれたのを耳にした。

いいじゃん、私映画好きだよ。

自分が勝手に遠ざけていただけで、かすみはいつもそこに居たことに気づき、涼也はまた前向きな気持ちで映画を撮るようになる。

宮島実果は、母親にもっと自分を見てほしいと思っている。彼女の母親は実父の再婚相手で、その母には勉強もソフトボールもできる連れ子のカオリがいた。しかし、実父とカオリは交通事故で他界してしまう。それ以来母親は、精神的なショックから無意識的に実果をカオリ、カオリを実果とすり替えてしまい、目の前に居るのはカオリだと思っているのだ。母に自分を自分として認めてほしい、そしてカオリが務めていたソフト部の4番打者を掴みとってカオリを超えたい…そんな思いに駆られる実果だが、実果自身も母親と向き合う努力をしていなかったことに気づき、母親のことも、カオリに負けている自分もすべて受け入れ、そこから「カオリを超えるため」ではなく自分のために努力する決意をする。

最後、菊池宏樹はイライラしていた。外見がすべての評価基準だと思っている彼女の沙奈にも、バレーボールで食べていくわけじゃないのになんであんなに一生懸命になるんだという竜汰にも、君たちは希望ですなどと言う校長にも、コンクールのためにカラオケで練習したというブラバン部の話にも、撮影と聞いて目を輝かせる映画部の二人にも、全てにイライラしているが、何故そんなに苛立っているのか自分ではわかっていない。しかし、幽霊部員として所属している野球部のキャプテンに、もう野球部員のようなポーズをしなくて良いのだと暗に諭されたことで、いま現在の目の前のことを思いっきり出来ていない自分に苛立っているのだと気づく。

 

***

先ほども触れたが、この物語では他人の評価や外見が大切なことだとする価値観が随所に出てくる。しかし、最後にはちゃんと、それぞれが今一番やりたいことと向き合って解決を迎える。桐島に関しても、誰も桐島本人と部活をやめる話をしていないし、桐島からもそのような話が一切なかったことが示唆されている。この『桐島、部活やめるってよ』というタイトル自体も伝聞としての口振りであり、そのような「現実との本気のぶつかり」を避けて、表面に現れる人物像だけで日常を消費することへの強烈な批判の象徴なのだ。その証拠に、最後の語り手である菊池宏樹は、桐島に向けて次のように心の中で呟いている。

立ち向かいも逃げもできない自分を思い知らされるようで、イライライライライライラして、

 背中でひかりを浴びる。

 大丈夫、お前はやり直せるよ。と桐島に行ってやろう。お前は俺と違って、本気で立ち向かえるものに今まで立ち向かってきたんやから、そんなちっさなことで手放してしまったらもったいない、って、言ってやろう。

 

桐島自身も、言葉で正しく伝えなかったことが部活を辞める原因になったことが示唆されている。だから、こうして言葉で伝えて、抵抗するにしろ逃げるにしろ、ちゃんと現実を見よう、という主題が現れたところで物語が終わるのだ。

 

***

この物語のリアリティは、スクールカーストの残酷さを克明に描いている点、そして帰結が「みんなで希望に向かって努力しよう」といった大人のエゴではなく、「とりあえず現実見よう」という、所謂大人視点での命題を徹底して避けた点にあると感じた。

 まず、スクールカーストは学生時代のどこかで感じたことがある人の方が大多数なのではないだろうか。全員が良いとは思っているわけではない。しかし、面倒事は起こしたくない、その倦怠感が暗黙のうちに共有されてカーストは続く。そのなんと理不尽で残酷なことか、というのが全編にわたって繰り返し繰り返し描かれているのである。しかし一方で、これが単純ないじめ撲滅小説とも違うのは、「上」のカーストに属する人のなかでもそういった外見だけを評価基準としない人々が存在しており、そういった人がむしろ、「下」のカーストの意識を変えるきっかけになっている点だ。だからこそ、スクールカーストは駄目だ、「上」に居る奴らはみんな嫌な性格の連中なんだ、といったステレオタイプでは在り得なかった解決が読み応えにつながっているのだと思った。

 

また、「輝かしい未来に向かって努力する」といった「大人が描く美しさ」も徹底して排除されている。登場人物の中には、学生生活を思い返してもわかるように、必ずしも真面目ではなく、取りあえず今が楽しければそれで良いといったスタンスのキャラクターも存在する。そういった性格の人々を無視せず、しかし、そういった現実から目をそらす彼らにも共通する「救済」を用意した結果、「取りあえず現実見よう」というかなり腑に落ちやすいものになったのではないだろうか。

 これらが所謂「共感ポイント」である。特に、スクールカーストのくだりは、多くの人が経験していながら、日常の一部として流さざるを得なかった屈折した感情をはっきりと書いているからこそ、「そうなんだよな」、「わかる」と思わせているのだと思う。

 

***

一方で「なんかわからない」と思ったのが、現実を見よう、というところから発展して、自分の満足を大切にしよう、そしてスクールカーストなんか気にせず生きていこう、ということも示唆されている点だ。今までは「とりあえず現実見よう」という期待値を最低水準に保った幕引きをそれぞれの物語に提示している割に、特に前田涼也の話でこのスクールカーストなんか気にせずやっていこうぜ、というのを匂わせるは些か楽観的すぎるように感じた。そこがこの物語がファンタジーだと感じた所以である。

 

また、「とりあえず現実見ればそれでいいよ」という結論に対して、本当にそれで良いの?という気持ちを禁じ得なかった。

将来云々ではなく、その前に現在を、というスタンスはとても共感できるのだが、かと言って、「野球部のフリを辞めた菊池宏樹」と「映画が好きで好きで仕方ない気持ちを大切にすることを決めた前田涼也」を同じように並べることは果たして適当なのだろうか。映画を撮ることが遊ぶことよりも尊いと言っているのではなくて、現実を見るところで止めるのではなく、あと少し踏み込んで、今何がやりたいのか/やりたくないのかを考える様子があれば、より納得感の高い幕切れになったのではなったのかな、と思う。

 

と言ってはみたものの、私は「時間はやりたいことにのみ使うべき」という一種の病気なのかもしれない。勿論、前田涼也のように好きで仕方ないことをずっと追いかけていられたら幸せだけれど、必ずしもそうはならないことを考えると、菊池宏樹のように刹那的に生きるのもアリなのかもしれない…。

 

***

作品としては、スクールカーストに対する感想が同じような言葉で同じような場面が繰り返し記述されていたのが少し残念。多面的に残酷さを表すことができればより良かったと思う。

学生時代にトラウマがある人が読むのは要注意だぞ☆

 

☆☆☆

 

 

桐島、部活やめるってよ (集英社文庫)

桐島、部活やめるってよ (集英社文庫)