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芋けんぴ農場

自称芋けんぴソムリエが徒然なるままに感想や日々の雑感を記します。頭の整理と長い文章を書く練習です。

レイヤー化する世界 テクノロジーとの共犯関係が始まる/佐々木俊尚

新書 ☆☆☆ テクノロジー

Warning! 内容の核心部について触れています!

 

どこかのブログで紹介されていたのを目にして読んでみた。

具体的なレビューを見たことはないのだが、どうやら賛否両論ある模様。

 

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いつものように、内容のまとめから入る。

後ろの90ページで述べられる重要な主張としては、社会のあり方と個人のあり方がIT技術によって大きく変わってきており、この変化を相互に利用しながら大航海時代を乗り切ろう…ということのようだ。

まず、社会について。筆者によると、近代以降の国民国家時代、様々な経営資源を局地的に集中させることによって先進国の豊かさは実現してきた。しかし、IT革命によって富や情報は分散し、賃金も世界的に一定水準に収束していくため、国民国家の枠組みは破綻する。その代わりに、<場>と呼ばれる新たな権力構造が誕生する。<場>は富の集中をもたらした「ウチ」「ソト」を分ける壁を破壊する、と説明されている。例えばアップルのiTunesという<場>は、レコード会社が持っていた流通させるものを選ぶという支配的な権限を破壊した、というわけだ。これからは、このような<場>を作る、もしくはそこで覇権を握る企業を中心に世界が動いていくだろうというわけだ。

そして、この「ウチ」「ソト」の壁の破壊が何をもたらすかというと、「境界のない世界」だという。境界線が無いということは、ここでは、性質が同一であれば無限に広がり、つながりを持つことができる世界だとしている。先ほどの音楽の例で言うと、音楽そのもの、音楽を聴く機器、音楽を放送する媒体…これらは、かつてはレコード会社が一つずつ選んで謂わばコントロールしていたわけだが、<場>が出現したことで、<場>の上で性質一つずつが自由にカスタマイズされ、使い、使われることができるという。

筆者は、この性質のことをレイヤーと呼び、社会がレイヤー化するように個人もレイヤーごとに切り分けられていくだろうと述べている。そして、この構造変革を乗り切るためには、自分の持つレイヤーで他人とつながり、そして<場>を利用し利用されていくことだとしている。

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この本、270ページほどあるのだが、そのうちの160ページあまりは読者に主張を理解させるための前フリだ笑。この前フリを読むのに時間がかかってしまった感が否めない。

それはさておき、この本を読み終えた最初の感想は、”直感的に理解できる”というものだ。私にとっては、これがこの本のすべてを言い表していると言っても過言ではない。

Googleで検索し、Facebookでいいね!を押し、Twitterでネタをリツイートし、Amazonで買い物をする…というのは多くの人にとって日常生活のひとコマであろうし、だからこそ、IT革命によって勃興する超国籍企業に企業によって世界構造が変革するというのはなんとなく感じる。20年前に、一介の良き市民と思しき人の人生語り(電車男とか)が流布したり、どこの誰とも知らない人が作った音楽(ボカロとか)が多くの人に聴かれるなんて、誰が想像できただろうか!世界は確実に変わっているし、それは間違いない。

だけど、引っかかるのは、それはあくまで直感以上の根拠が無いことだ。そもそも、未来の話をしているのだから仕方ない一面はある。しかし、全体として、細部を大胆に捨象して分かりやすいストーリーを作ることに徹した結果、そのプロセスがやや直感的な理解に頼りすぎているのではないかと思う箇所があった。

このあたりは私の不勉強もあるので筆者が間違っていると言うつもりは無いのだが、明らかに引っかかるのは国民国家に関する点。超国籍企業によって国民国家が瓦解するというのは、国境線を超えたやり取りが簡単に出来るようになることで国家を支える根本思想が消えてしまうことを指している。しかし同時に、地域的な愛着に基づいた新しい枠組みが発生するだろう、とだけ書かれている。

私の脳内は、IT革命によって国家ではなく、複数の超国籍企業などに権力が分散する⇒わかる、それによって国力が弱まる⇒わかる、だから国民国家が瓦解する⇒わからない。となっている。国家間を超えるグローバリゼーションが高まっていくこと、国力が弱まることは国民国家が消えることとイコールになるだろうか。

超国籍企業が台頭し、筆者の言う通りレイヤー化が進めば進むほど、一部の成功者とその他に分かれていくだろう。そして、その他の中には、公的な援助が無ければ生活できない人もきっと現れるわけで、そのセーフティネットとしての公的期間は存在し続けるだろうと思う。ここで、筆者は直接は言及していないのだけど、国民国家が崩壊するということで、人口移動が起こると考える。「地域的愛着」をもつ場所にみんなが好き勝手に行くという状況を考える。すると、私の予想としては、現在のヨーロッパの一部で起こっているように、特に生活がうまくいかない人の中に古き良き国民国家を支持する人たちが現れ、愛国主義に走り、却って枠組みが強調される結果になる可能性ってあるんじゃないかと。

つまり何が言いたいかというと、筆者はこのあたりの愛国の議論をごそっと無視しているように見える。それも意図的に。あの壮大な前フリを少し減らして、こういった反論つぶしを行うことも可能だったと思うのだが、肝心の未来予想の部でそういった記述は殆どない。それは、この主張自体が、筆者の経験則やある種のヒラメキに基づいているもので、明確な根拠を示して説明するのが難しいから…であるように見えてしまうのだ。勿論、iTunesは音楽業界を、Amazonは出版業界のあり方を変えている。そういった事実を基に、どう未来へ演繹するか、といったところに筆者の直感を感じてしまうという話。

そもそも未来は何が起こるかわからないから未来なので反論もへったくれも無い、という考え方もあるけれど、この本のメインターゲットは主に若年層、高校生後半から大学生前半あたりなんじゃないかと思う。使ってある言葉も平易だし、部毎に物語風の例示があることから、そういった若年層に配慮した仕様になっていると感じた。だからこそ、議論の弱点を明かさずに淡々と主張を書き続けていることに違和感というか、ある種のいやらしさを感じたのは事実だ。

 

もう一つの感想としては、この権力の分散、社会・個人のレイヤー化を所与として受け入れた時、これまで以上に思想が重要な役割を果たすだろうと思った。(攻殻機動隊の観すぎ、というツッコミは無しでお願いします。)人の考えは経験に規定されるところが大きい。だから、本当に共感できる考えというのはたくさんある訳ではないと思う。一方、では、多くのレイヤー/性質に働きかけられる思想が現れたら、それはものすごく強大な力になるのではないだろうか、ということだ。権力が分散しているからこそ、そういった求心力のある思想が一つの極になりうるのではないかという漠然とした直感だ。

 

直感的すぎると言って批判している私の議論も直感に基づいているというこの皮肉よ!最初に言ったとおり、直感的には理解できる議論であることと、そういった変革に備えていくことはきっと無駄ではないと思われるので、一読に値する書だと思います。

 

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